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日本人とトルコ人 (2/3) ≪社会≫ 埼玉 simple-hp.comスタッフ みずき 2013.9.10

●イランイラク戦争勃発

1980年に始まったイランとイラクの戦争は年を追うごとに激しさ増し、イラク空軍機はテヘランの民間居住域を空爆するまでとなっていました。

1985年3月17日、当時のイラク大統領であったサッダーム・フセイン大統領は、

イラン領空を「戦争空域」と宣言し、

「48時間の猶予期限以降にイラン上空を飛ぶ航空機は、
民間航空機もすべて撃ち落とす」

という、歴史的にも類を見ない声明を出しました。

当時、イランにいた在留外国人は一斉に出国。

在留邦人も脱出しようとしましたが、
各国の航空会社は自国民を優先して搭乗させていたため、
日本人は航空券を持っていても飛行機に搭乗できない状況でした。

そうした状況下で日本政府は日本航空にチャーター便の派遣を要請。

しかし日本航空の労働組合から「安全が保障されない」との理由で拒絶され、自衛隊機派遣も当時の社会党が「自衛隊を海外に出す事は、侵略戦争につながる」という主張により、最後の望みもなくなりました。

日本からの救援機はないとの一報にイランにいる日本人は戦争に巻き込まれることを覚悟し、日本にいる家族に遺書を残した人もいたそうです。

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