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“親切”の数 社会 東京都 主 婦 河野友里子 2009.10.05

孫に会う為、田舎から出て来た父と久しぶり二人でお酒を飲む時間がありました。

父が東京に来るのは今回で三回目。

その父が

「東京さ来てな、
 “親切”の数ってのは、どこの街でも
 おんなじってことに気づいたばい」

と切り出した。

「えっ?なんの話と?」

「親切のかず。
 東京にも、親切がたんとあるばい」

そう言って、父は田舎から持ってきた漬物をつまんだ。

「どこの店も扉は自動で開くし、
 階段にはエレベーター(←エスカレーターのこと^^)があるし、
 風呂は勝手に湧くし、トイレの便座はあったけーし」

「そうやね」

「じゃが、東京で親切なんは機械ばっかりで、
 人間は不親切と言うか、愛想ないのぅ」

うちに来る途中、道に迷った父が 通りすがりの人に声を掛けようとすると、
何人にも逃げられたことを根に思っているのだろう。

「田舎じゃ親切な機械と言ったらコンバインくらいしかねぇけど、
 人はみな親切であったかいばい」

今は小さな田畑を耕しているが、昔は小学校、中学校で教師をしていた父。

その観察力は、昔と変わらずユニークで鋭い。

「便利さは、人間にとって敵って言葉知ってるか。
 便利な生活しとると、"一人でも生きていける"ってな勘違いをしてしまう」

「ふーん、なるほど」

「不便な田舎じゃ、
 “人間は助け合わにゃ生きてけん”
 って常識が ちゃーんと身につく。だから人間があったかく育つばい」

「そうやねぇ」

「東京で育つ子どもは…
 きっと今の便利な生活が“常識”だと思って育っちまうんやなぁ」

そう言って、父は心配そうに春菜(孫)が寝ている和室の方を見つめました。

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