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ラベンダー翡翠(ひすい) (1/6) ≪ちょっと泣ける≫ 東京都 会社員 清水佳織 2010.04.07

大学時代、私はずっと叔母(母の姉)の家から大学に通っていました。

叔母は私にとって第二の母のような存在。

今年48歳になりますが、
まだ30代でも通じる(?)ほど若々しい人。

その叔母に呼ばれ、
会社帰りに久しぶりに会いに行きました。

「週末、原宿で開かれている個展に一緒に行って欲しいの」

叔母にそうお願いされました。

その個展は叔母の実の娘さんが開いている個展で、
元旦那さんが手紙で知らせてくれたのだそうです。

叔母が過去に結婚していたことも、
ましてや娘さんがいることも知らなかった私はびっくり。

「叔母さん、結婚してたの?」

「大昔にね。でも娘を生んで、しばらくしてからお別れしたの」

当時は"デキちゃった婚"などは許されず、
世間体を気にする先方の家からも自分の両親からも厳しく責められたそうです。

結婚はおろか、非情にも赤ちゃんを「堕ろしなさい」とまで言われ…。

そんな声から逃げるように
叔母たちは駆け落ちし、東京で籍を入れたのだそうです。

しかしもともと左手が不自由で、
ご実家の老舗の和菓子屋で仕事をしていた旦那さんは
東京で仕事を見つけることができませんでした。

お腹が目立つようになった叔母も仕事に就けるわけもなく、
結局は旦那さんが実家に頭を下げ、堕ろす時期を逸してしまった
赤ちゃんの出産費用は先方の家が工面してくれたそうです。

ただし、

― 二人が離婚すること
― 乳離れする1歳になったら赤ちゃんを受け渡すこと

という条件で。

「赤ちゃんを取り上げられた日、身が引き裂かれる思いだった」

叔母は自殺まで考えたそうですが、それを思い留まらせたのは、

「いつか必ず娘に会わせるから」

という元旦那さんの言葉だったそうです。

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